撃ち落とせる星は所詮鉄屑なれば

 私が小説を書き始めたのは、遡ること18年前。当時は学ランのカラーの息苦しさにいつだってヒステリー球状態で、入学後すぐ、中学と環境が違い過ぎて、1ヶ月ほど不登校になったのを憶えている。虐められない虐げられない苦しめられない意味もなく詰られない、そんな当たり前を受け入れ難くて、吐き気と共に引きこもっていたのを、嫌になるくらい憶えている。

 そんな高校時代から続いている交友関係など、ひとつもない。私は彼ら彼女らの顔すら憶えていないし、彼ら彼女らとて、同様だろう。私の方は単純な能力不足からだが、彼ら彼女らはそんな能力不足な私を、憶えるのに役者不足だとでも思ったのだろう。案外、ボロは出るものだ。悪意というものに、私が無駄に敏いだけかもしれないが。

 さて、前置きが長くなったが、要するにそんな時代から、私にとっては小説が、物語だけが、唯一そばにいてくれる無二の友達だった訳だ。それは他人が書いたものでも、自分で書いたものでも変わらない。誰も彼も掛け替えのない、一生涯憶え続けているに足る名俳優たちだった。過去に私自身が書き連ねた物語たちを、私は忘れていない。今でも未練がましく書き直しては、新人賞に送るだなんて奇行を重ねているし、それを痴態だとは思わない。

 ただ、自分で書く物語と、他人が書いた物語。このふたつには、大きな差があった。

 絵が、ないのだ。当時からライトノベルばかり読み耽っていた私には、それが歯痒かった。生憎、私に造詣方面の才能は、微塵もなかった。他人の顔すら憶えられないのだ。顔形身体服装、そんな複雑怪奇で奇々怪々な代物を明確にイメージするだなんて芸当、とてもできなかった。悔しくて悔しくて、だから学生の身でありながら、年に4~6本は書き上げて新人賞に投稿するという狂気の沙汰を繰り返していた。

 ようやく結実した6年目の喜びは、きっと、誰にも想像できないと思う。

 私の頭の中にしかいなかった、朧げなキャラが、イラストレーターという偉人の手を借りて輪郭を、色味を、表情を得ることができたのだ。誰よりも傍にいるはずなのに、私が触れられなかった愛し子たちを、ようやく、目にすることができた。あの喜びが12年前当時、どれほどに得難かったかは、当時を知る者からすれば自明だろう。できることなら、私は彼ら彼女らを、もっともっと、生かしたかった。世間知らずの若造の自分を、今からでも蹴り殺してやりたいくらいに、強く、思う。

 AIでイラストを作れる、と知った時、すぐに飛びつくことを躊躇したのは確かだ。
 同時に、抗えなかったのも確かである。別に、誰に知らせるつもりもなかった。自分の中でキャラがキャラクターとして、可視化されればそれで十分だった。あの喜びをもう一度、と、飢えた私はつい手を伸ばしていた――――が。

 ……所詮、撃ち落とせる程度の星なんか、ただの鉄屑に過ぎない。流れ星の正体が燃え尽きる石ころなのと同様に、彗星の中身がただの氷なのとおんなじに――――出力されたのは「まぁ……いいか」と妥協してしまえる程度の代物だった。飢えるほどに求めていた感動はなかった。

 今更だが、思い知った訳だ。感性を、愛を、執着を、0と1の電気信号でしか理解できないコンピューターの、芸術性の限界を。

 ――――無論、そうやって画像生成AIに触れていれば、負の側面も見えてくる。無断でAI学習に自作を使われた絵師の方々の憤りはご尤もだと思う。誰だって、自分が長年かけて培った技術を、断りもなく盗まれるのは腹立たしい。
 きっと、そんな方々にとって、このHPも相当に腹立たしいだろう。大量のAI製のイラストで彩って、自分の拙い小説を必死に飾りつけている、無様な負け犬の遠吠えが鬱陶しいと思えて仕方ないだろう。

 だが、将来私は必ずライトノベル作家として再デビューを飾るし、その際、イラストレーターの方々のお力を、図々しくも借りることになるだろう。申し訳ないが、その傲慢さを恥じる気はない。嫌悪に正当性を覚えはするが、それでも恥知らずに私は言う。

 撃ち落とせる星は、所詮鉄屑なれば。

 難攻不落の偉業の果ての勝ち星こそ、脳髄を焼いて忘却を許さない、光り輝く宝石なのだから――――と。

 …………長々と語ってきたが、要は『言い訳』である。金がなく、コネもなく、甲斐性も能力もない私でも、妄想を拙く形にできる手段。私は画像生成AIをそう捉えている。決して、本職のイラストレーターを軽んじる意図はないことを、ここに宣言させていただきたい。

 そして叶うなら、もう一度、いや何度でも――――あの、脳の奥まで灼きつけるような感動を、もっと――――

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